toggle
2016-09-30

Le Garde Robe

Le Garde Robe

ワイン好きにとってパリ滞在の楽しみと言えば、やはりレストランめぐりとなるでしょうか。特に自然派ワイン好きとれば、モダンなスタイルのレストランからカジュアルなビストロ、ワインバーと行きたいお店の候補をあげれば、きりがありません。当然期待するのは、日本では見かけない人気の造り手のワインやそのバックヴィンテージ、フランスでしか食べることのできない食材や料理の数々ということでしょう。ところが、ここ数年のパリの飲食店事情を垣間見ると、それ以前の様相とはかなり違ったものになってきました。

ワインに関して言えば、はっきりいって選択肢はかなり少なくなってきているのが現実です。日本ではなかなか見かけないようなワインをと探してみても、むしろ日本のほうが圧倒的に充実している事に気付くでしょう。それではとバックヴィンテージを探しても、そもそもフランスでは、ほとんどのケースで最新のヴィンテージがそのまま飲み干されてしまいます。わざわざキープして熟成させて、ということをしている飲食店は少なく、この点においても日本のほうがチャンスに満ちています。それでも日本よりお手頃な値段で飲めるんでしょ?という声が聞こえてきそうですが、価格に関しても日本と変わらないどころかむしろ高いというケースも出てきました。長らくデフレが続いた日本ですから、東京を例にとってみても地価や家賃、人件費などは世界の先進国の主要都市よりも圧倒的に安く、結果的にワインの価格に差がない(むしろ安価な)状態が生じています。

それではと、フランスならではの美味しい食事を楽しみにしたとして、もちろんフランスでしか手に入らない極上の食材などはありますが、全般的にみて料理人の技能が日本人よりも優れているとは一概には言えません。あくまで個人的な印象ではありますが、「美味しさ」という点においては日本の料理人の方々の手がける料理のほうが圧倒的に上だと感じてしまいます。

このように、あらゆる点で日本が優位に見える状況で、圧倒的にフランスが勝ってるな思えるポイントがあります。それは、お店の活気と来客数、つまり繁盛具合です(あくまで外から見てという事で、内情はわかりませんが)。特に自然派ワインを提供する飲食店のここ数年の活況ぶりは目を見張るものがあります。決して好調と言えない経済状況の中でのその勢いには本当に驚かされます。ワインの選択の幅や価格に関しても、また料理の質に関しても、特別な優位性がないように見える状況で、なぜここまで繁盛しているのか。言い換えれば、「パリの飲食店はいったい何を売っているのか?」という素朴な疑問が生まれます。

そこで今までと違った目でパリの飲食店を眺めてみると、非常に面白い事に気づきます。例えば、ルーヴル美術館の近くにあるワインバー、Le Garde Robe を覗いてみると、入口付近のカウンターや立ち飲み用のテーブルはあっという間に埋まっていて、店の奥にある簡易なテーブル席は予約で満席。店のスタッフは基本女性で、店内で流れるノリのいい音楽に合わせて、ダンスを踊っているかのように(ノリノリで)サービスをこなします。メニューを見ると基本的には生ハム、パン、チーズ、サラダといった火を使わないメニューばかり。店内には火口のある調理場らしき場所は見当たらず、素材そのものを切るだけ、混ぜるだけで提供できるものばかりです。ここで提供される食材は、ビオのチーズ、ビオのサラダ、腕の良い職人が仕込むクラフトな生ハムやパンとシンプルな食事ばかりで、それぞれがしっかりと吟味されたものばかり。この「良い食材をそのまま出す」スタイルで、提供の早さ、手頃な価格、高い満足度という同時に実現するのが難しい条件をクリアしています。しかもどのメニューもワインを飲みたくなってしまうものばかりで、ワインもグラスで飲むよりもボトルでオーダーするほうがかなりお得感のある価格設定になっているので、1人で立ち飲みする客もしっかりとマイボトルを抱えながら、偶然隣り合った客や顔見知りの常連客とそれぞれのボトルワインを注ぎあいます。

こうして、あらためてLe Garde Robe の営業形態を見てみると、随所にビジネス上の工夫があり、それが上手く機能しているなと感じます。

まずは予約の取り方です。店の奥がテーブル席で予約可、手前がスタンディングで予約不可というスタイルで、来客の取りこぼしがなく常に稼働率が高い状態にできます。事実、立ち飲み目当てで来店したもののほとんどスペースがないケースもありますが、その客もここまで来たからとカウンターの人と人の間に身体をねじり入れて飲み始めますし、気候が良い時節であれば店外で立ち飲み状態となるケースもあります。

火口を用意しないなどキッチンへの設備投資は最小限に抑え、技能がいる料理をあえて出さないという事は、初期コストの削減のみならず、スタッフがだれでも食事を提供することでき、オペレーションがシンプルになります。実際、彼女たちの仕事ぶりを眺めていると笑えてくるのですが、パンを切るにしても、チーズを切るにしても、ハムを切るにしても、とても豪快(というか雑)。おそらくこの店で働き始めた初日から食事を提供することができそうです。これでトレーニングにかかる時間や費用を節約できますし、少ない人数でお店を運営することができますから人件費も抑えられそうです。それでいて、提供する食材にはこだわることで、客側も手頃な価格にも関わらず満足感が得られるという絶妙のバランスを生み出します。このスタイルの最大のメリットだなと感じるのは、シンプルなオペレーションによってスタッフの心に十分な余裕が確保でき、明るく楽しく働く事がでることではないでしょうか。そしてこれが、お店全体の雰囲気作りに大いに寄与しているのではと思います。美味しいワイン、美味しい食事ももちろん大切なのですが、スタッフの明るく気持ちのよい接客も私たちが想像している以上に繁盛店には必須のコンテンツなのでしょう。しかし、人間のモチベーション(やる気)は有限だと言われていて(※)、気合や根性だけで明るく接客し続ける事は難しいですから、スタッフのやる気を使い果たさせないように仕事の取り組み方を見直すのも大切だと言うことなのだと思います。

で、結局 Le Grade Robe は何を売っているのか?という話ですが。

それは、「気楽に立ち寄れて、明るく働くスタッフから元気を貰える場所」を売っているという事なのでしょう。このケースでは、ワインや食事は、むしろ脇役なのかなとすら思います。

※「クッキーとダイコン」の実験が有名。焼きたてのクッキーと千切りダイコンを用意し、同じ部屋にいる被験者の学生を2つのグループに分けて、半数にはクッキーを残りの半数にはダイコンを食べてもらいます。その後、クッキーを食べた学生と美味しそうなクッキーを横目に味気ないダイコンを食べた学生それぞれに同じパズルを問いてもらい、それぞれの集中力の差を計測しました。結果は「クッキーを我慢した(欲望を抑制した)」ダイコン組の学生の集中力は、クッキーを食べた学生の半分程度というものでした。これは自己コントロール(意志の力)が消耗資源であることを示唆していて、人間のモチベーション(やる気)は有限であるという事を示していると言われています。

WORDS & PHOTOGRAPH JUN FUJIKI

関連記事