toggle
2017-09-07

PIERRE JANCOU – ピエール ジャンク

Pierre Jancu

ピエール ジャンクという人物をご存知でしょうか。

パリの街で、La Cremerie, Racines, Vivant, Heimatと次々と話題の店を手がけてきた人物で、最新のニュースでは、Heimatを離れ、自身がキッチンに立って料理を手がける新しい店を再びオープンするとの事でした。(*本記事は顧客配布用カタログのコラムとして2016年5月に執筆されました。新店舗の情報は執筆時点でのもので、その後ピエール ジャンク自身が調理するわけではないものの、自身もサービスに立つAchilleを開業しました。)およそ10年の間にここまで店を次々と展開し、それを売却してまた新しい店をオープンする彼のスタイルは、日本にいると特異なものに見えます。日本における飲食店の成功のモデルとしては、「売却」ではなく多店舗展開による「拡大」というスタイルが一般的と言えるのではないでしょうか。ただ、これにはパリ特有の事情があります。パリで飲食店(やその他商店)を運営するには、「営業権」を購入する必要があります。この営業権はその店舗に付随する権利で、自分の前にその場所で店舗を経営していた人物から購入する必要があります。この営業権の価格は、前年の営業成績などで決められる為、自らの力で繁盛店を作り上げた上で営業権を売却すれば、大きな収益を得ることができるのです。ピエール ジャンクのスタイルはまさにこのシステムを利用したもので、ふるわない飲食店を自身の情熱とセンスで繁盛店へと変貌させ、軌道に乗った所で売却し、その資金を元にあらたな場所で同様のチャレンジをする。その新展開やステップアップの過程で、それまでの店舗とも違うスタイルや新しいビジネスアイデアをリスクを取って実践する点も彼にとっての喜びなのだと想像できます。

「思いついたアイデアを必ず実現させる、好きなことをやりきる」

次々と仕掛けられるピエール ジャンクの店からは、彼の率直で尖った想いがひしひしと感じられます。そしてこの、「好きなものを好きだと言う」スタイルこそが、無数の飲食店がひしめき合うパリという街にあっても、彼を成功者たらしめている最大の理由であるように思えてなりません。今のパリの街には、いわゆる自然派ワインを扱った飲食店が多数存在します。「流行」と言って差し支えない状況ではありますが、それでいて、その店舗にしかない個性を発揮できている店は限られます。流行のうねりが大きくなるにつけ繁盛店の劣化コピーのような店も表れるようになります。しかし、結局のところは「本当に好きで仕事をしている」人物を追い越すことも追いつくこともできません。(こと飲食店経営に関してはかもしれませんが)情熱と才能のある人物が成功する街であるパリ。だからこそ訪問する度に変化があり、進化があり、発見がある、魅力的な街なのかもしれません。

パリにおいての営業権に関して、もう少し考察を深めてみましょう。ピエール ジャンクが売却した店は、名前を変えることなくそのまま引き継がれています。投資家にとっては、あるスタイルで成功している店舗の営業権を購入し、そのままの形で運営を続けることができれば、将来にわたって期待した収益が得られるわけで、営業成績が悪化しない限りは、運営を変える必要はありません。当然のことながらピエール ジャンクという才能ある人物はその場を離れるわけですが、彼の営業スタイルを踏襲する事が合理的な選択となり、場合によっては彼にコンサルティングを依頼することも考えられます。ことワインに関して言えば、ピエール ジャンク セレクションが飲める店であり続ける(可能性が高い)わけです。

また売却した旧経営者にとっても営業権は意義のあるシステムと言えます。ベンチャー企業のIPO(株式の新規公開)と同様に、とある店舗の将来の見込み収益の一部を旧経営者が売却時点で取りまとめて受け取ることができます。一部とはいえ営業成績次第ではある程度まとまった資金となりますから、次の店舗の開業資金にもなりますし、引退を考えるのであれば退職金のような役割も果たします。

さて、日本でこのような営業権売買によるスキームを実践することは可能でしょうか。日本には、前年の成績によって変動する資産価値を備えた営業権というものはありません。そのため既存の枠組みを利用する必要がありますが、考えられるシンプルな方法としては、店舗経営を株式会社の枠組みで行い、その株式を営業を引き継ぎたいと考える誰かに売却する方法です。このスキームがどれほど一般的かはわからないのですが、おそらく企業価値(売却価格)の算出に大きなハードルがありそうです。ただ、ピエール ジャンクのようなパリドリームの成功者たちを見ていると、日本でも「廃業 → 精算」だけではない「成功 → 売却 → 次なる人生へ」という出口のあり方が、もっと一般的にあっても良いのではと考えさせられます。

WORDS & PHOTOGRAPH JUN FUJIKI

関連記事