バニュルスの生ける伝説に新たな1ページ
マルセル ラピエール、ピエール オヴェルノワ、そしてアラン カステックス。現在活躍する多くの自然派ワインの造り手たちに、その尊敬する造り手を尋ねると、名前が挙がることの多い3人の巨匠です。
その一人であるアラン カステックスは、スペイン国境にもほど近いフランス ルーション地方のバニュルス地区で、ル カゾ デ マイヨールという伝説的なドメーヌで唯一無二のワインを生み出してきました。
ル カゾ デ マイヨールが有する主要な畑は、息を呑むほどの断崖絶壁にあり、バニュルスの町を見下ろし、地中海の風をまともに受ける岩盤に、へばりつくように植えられたブドウの樹。それが「ワイン界の自然遺産」とでも言うべき、ル カゾ デ マイヨールの畑です。
その遺産の番人を長らく務めていたアラン カステックスは、2015年の栽培を最後にル カゾ デ マイヨールを次世代の若者に託して、その身を引きました。
「この急斜面での仕事が辛くなってきたからね。」
そう話してくれたアラン カステックスでしたが、その脚は、さながらアスリートのような筋肉に覆われ、サンダルでその急斜面を上がっていく姿からは、衰えは全くと言って感じられません。
トゥールーズ出身のアラン カステックスは、小さな頃大好きな祖父が農業を営んでいた影響で、植物や自然が大好きな子供でした。しかし「農業を目指したい」というアランを両親は反対。結局彼は、農機具関係の技術者となります。
その後、思いがけずワイン造りに携わり、その頃出会ったパートナーのジスレーヌさんとともに、自分の理想のワイン造りをするためにバニュルスに移り住んだのが1995年。豊かな自然環境を尊重した「風味豊かなワイン」を造るため、ブドウ畑での栽培において除草剤や殺虫剤、化学肥料などを用いず、発酵に際しては自然酵母の働きのみでワインを生み出します。
「ワインは土壌だけでなく、畑の周りの環境全てで生み出される。与える影響は環境が70%で土壌は30%。」
とアラン カステックスは語ります。
カゾ デ マイヨールはまさにこの環境に恵まれた畑を有していました。暑く乾燥した気候、海からの風、強い香りを放つ野生のハーブ達の低木草、海から太古に隆起した厚い岩盤と薄い表土、急峻な斜面などワイン造りの環境としては最も過酷と言えるもの。
しかしこの場所だけでしか生み出せないワインがあり、彼はそれを求めてこの場所でワイン造りを続けていました。
「いいワインを造るためには、ブドウ栽培はきついものになる。だからせめて畑の場所は景色がいい場所がいい。」
そう話していたアランも人生の次のステージに進むタイミングがやって来ました。
カゾ デ マイヨールのワインには2つのシリーズがありました。急峻な畑で生み出されたブドウからは、ブルゴーニュ型のボトルに詰められたワインを、そしてなだらかで標高も低い区画のブドウからは、ボルドー型のボトルに詰められたワインを手がけていました。
カゾ デ マイヨールを離れ、新たにレ ヴァン デュ カバノンというドメーヌを立ち上げたアラン カステックスは、この平滑な畑のブドウと近隣の友人からの買いブドウを加え、かつてボルドー型のボトルでリリースしていたシリーズのワインを造り続けています。
過酷な仕事に全身全霊を捧げていたアランが、もう少し肩の力を抜いた形で、人生を楽しみながらワイン造りを続ける、そういう姿が今後は見られるのだと思います。
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