「帝国の再興 オーストリアのテロワール」
オーストリアは、ブルゴーニュと並んで世界で最も「テロワール」概念の発達した地であり、自然環境に配慮した農法に対する関心の非常に高い国です。当然、そういった農法によるブドウの栽培について熱く語る造り手が多くいます。しかし、19世紀以来グリューナー フェルトリーナーの銘醸地として知られるカンプタールに4代続くヒードラーの当主、ルードヴィッヒ ヒードラーほどワインのキャラクターと質に対するテロワールの重要性と、土壌に対する生態学的メカニズムを科学的に理解し、論理的な思考の上にそれを実践している造り手は稀有といえます。
まずルードヴィッヒは「テロワール=土壌タイプ」という単純な図式を嫌います。テロワールとは、土壌の種類のみならず、畑固有のミクロクリマ(微気候)とそこに植えられたブドウの木によるダイナミックな関係であると言います。すなわち、斜面の向きや斜度、日照時間、保水性、灌漑の有無、土の状態と耕され方、熱の放射と保温性、風の強さや防風要素の有無、密植度など、そして何よりも重要なのがそこに植えられたブドウの品種が何であるか、そういった全てについて配慮しなければ、テロワールを表現するワインを造ることは不可能なのです。その上でルードヴィッヒはそうしたテロワールの持ち味をワインで表現するための基本として自然な「土作り」に多大な労力を払います。
まず重要なのが、毎年コンスタントにブドウを実らせるだけの力、即ち養分を自然なカタチで土に与えるための、腐葉土の活用です。さらに、土を生態学的に「生きた」状態に保つためには、マメ科の植物やハーブ、雑草などをひと畝おきに生やすことが有効です(全畝植えてしまうとブドウに必要な水分を奪ってしまいます)。こうしたカヴァークロップには、その根が土をほぐし、物理的に望ましい状態にする、という利点もあります。それでも養分が不足する場合には動物の堆肥を用いるのです。次に彼が重視するのは、病害に対するブドウの木自体の抵抗力を増し、感染のリスクを減らすことです。そのため品種毎に最も適正な土壌の状態や肥沃度、植樹間隔をコントロールし、選定や仕立てを行います。健康的なミクロクリマを持った畑は結局他の植物や動物の繁殖も促し、それが上記の土作りにもポジティヴな相互作用を及ぼします。さらに、畑環境の生態活動を壊さないために、ヒードラーは化学的な除草剤や防虫剤を避け、またボルドー液の使用量も、オーガニックやビオディナミで使用を許される量よりも低く抑えるように努めています。
こうした農法から作られる土壌違いの4つの畑で作られる彼のリースリングは、各畑のテロワールの個性の違いを見事にその味わいに反映し、また、同じレスの土壌で作られる6種のグリューナー フェルトリーナーは、摘み取りの時期やブドウの熟度に最も適合する醸造方法を選ぶことで、樽風味やMLFといった外的力を一切借りることなく、オーストリアを代表する同品種の様々な表情とポテンシャルを引き出すことに成功しています。