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l'Ange Vin

Les Vignes des l’Ange Vin / レ ヴィーニュ デ ランジュ ヴァン

パリの自然派ワインの第一人者

※取扱い終了生産者につき、掲載情報はアップデートされておりません。

ランジュ ヴァンと言えば、パリのワインファンに人気を博したワインバーであり、オーナーのジャン=ピエール ロビノ氏こそ、約20年以上も前からパリのワインショップやワインファンに、マルセル ラピエールやティエリー アルマンといった自然派ワインを初めて紹介した人物です。パリで自然派ワインを知っている人は全くといっていいほどいなかった時代に、自然派ワインを広めた人でもちろんフランス広しと言えども、彼以外に自然派ワインの良さを当時注目した人はいませんでした。

そのオーナーが、自分の育った田舎で自分の手でワインを造りたいと帰郷し、ワインを造り始めたのが1999年。ただ2001年までは生産量が少なく、一般には殆ど出回っていません。ですから公に出る最初のヴィンテージが、2002年でした。

彼の人生は波乱万丈でした。ロワール地方中部の都市、トゥールから北へ約40Kmほどの小さな村、シャエーニュにある貧しい子だくさんの家に生まれたジャン=ピエール氏は、17歳のとき母に「パリで仕事を探します」と、母に一言置手紙をして旅立ちます。住宅の配管工として生計を立てていた25歳の時に、人生の転機が訪れます。フランスで絶大な人気のワイン雑誌、ラ ルヴュ デュ ヴァン ド フランスの創設者である作家のミシェル ドヴァズ氏に出会ったのです。そしてドヴァズ氏を通してミシェル ベタン氏と知り合ったことで彼の人生は大きく変わりました。

今までワインを知らなかった彼が、ジュール ショヴェ自身が作った1970年代のワインを飲んだその瞬間、「体中が痺れた、これぞワイン!」とその魅力に取りつかれてしまいます。配管工の傍ら、時間を工面してはベタン氏らと共にワインガイドブック、ルージュ・ブランを創刊し、「産地の特徴を持った個性豊かなワイン、地方に埋れている素晴らしいワイン」を捜し求めて飲み、自らワイン紹介の原稿を執筆しました。前出のマルセル ラピエールを始め、ティエリー アルマンやショヴェ氏の魂を引き継ぐジャック ネオポールらのワインを大きく取り上げて、隠れた生産者を次々紹介していくうちに彼は「ワインの世界」にどっぷり漬かってしまい、そのワインを造る「人柄」に魅力を感じるようになっていきます。

愛するワインをもっと広めたい一心で、1988年パリにワインバー「ランジュ ヴァン」をオープンさせ、それが大ヒット。ピエール ブルトンやマルク アンジェリといった自然派ワインを取り揃える他、当時ドメーヌ プリューレ ロックで造るフィリップ パカレのワインに注目し、その名を広げたのもジャン=ピエールでした。

忙しいレストランを切り盛りしながら、週末には彼が扱う生産者を訪ね、ぶどう畑や蔵の仕事を手伝って造り手と交流を深めるうちに、彼は自然とワイン造りを覚えていきました。10年ほどしてふと「田舎に住みたい、自然を傍に感じたい」と思い始め、行動するなら歳を取ってからでは遅いと、お気に入りのワインで流行る店を売却し、一時は南仏のセヴェンヌ山の麓にドメーヌを構えようかとしましたが、今さら見ず知らずの土地に行くのは寂しいと、結局、親戚や子供時分の知り合いがいる出身地に戻ることを決意します。物心ついてすぐに離れたことで、望郷の念が心の底にあったのは言うまでもありません。

もう1つの理由は、ジャン=ピエールにとって最高のワインは、シャルドネではなく、シュナン ブランで造る白ワインだと力説するほど、シュナン ブランへの情熱は並々ならぬものでした。出身地で栽培されるシュナン ブランが好きなのは、たまたまの偶然だったのでしょうか。

一世紀の内、3回、世界で最高と言える偉大な白ワインができる土地

ご存知のとおり、大河流れるロワール周辺はシュナン ブランに最高の産地です。シュナン ブランは、奥行きのある辛口といい、絶妙なバランスの甘口といい繊細優美、変幻自在のワインとなり得ます。 フランス人ジャーナリストの一人、キュルノスキーは、ジャン=ピエール ロビノの出身地にあるアペラシオン、ジャニエールは、一世紀の内で3回、世界で最高と言える偉大な白ワインができる場所だ。と言って誉め称えています。100年でたった3回でも、世界No1の白ワインが産出される恵まれた気候風土のジャニエール、彼を惹きつけたのはその恵まれた「自然」だったのです。

大河ロワールに繋がる支流のロワール川に沿って広がる南向きに面した斜面は、大きく言うと円形闘技場の形をしており、日照量が特に優れて温暖な気候に恵まれます。シレックスが多く混ざる粘土石灰土壌から、果実味が高く、上品なミネラル感のぶどうが取れます。彼は、「一般的にシュナン ブランは、酸味がアグレッシブだと言うが、その良さを引き出すように育てれば、決してそんなことは無い。(収穫を)たくさん取ったり、熟す前に収穫するから、どんなことをしたって旨みがのらない。手間を惜しまずきっちりぶどうを育てれば、100年どころか10年で3回は世界に誇るワインができる。ここのシュナン ブランは素晴らしい。」 と語ります。そして正に彼の言うように、ジャン=ピエールのワインは、しっかりしたコクとしなやかな酸味があり、また上品さと軽やかな香味が特徴です。それはアルコール発酵後の細かな澱と長期熟成させることで溶け込んだ旨みが、驚きのバランスとなっているからだとも言えます。

台木無しのヴィーニュ フランセーズ

所有する約6Haの区画の内、スペシャル キュヴェ「ジュリエット ロビノ(愛するお嬢さんの名前)」の区画(平均樹齢約60年、シュナン ブラン100%)に行くと、雑草に混じって老木のシュナン ブランが植わっています。そこで彼が木の根っこを見せてニコッと笑う。何かと言うと、区画の約半分は、耐フィロキセラ用の台木を使わない純粋な「ヴィーニュ フランセーズ=フランスの木」なのです。株の付け根に接木の跡がない木が沢山あります。平均樹齢60~70年の老木の中から、区画の優れた株を厳選して選んだ(セレクション マサル)苗木を台木無しで直接育てます。

地元の造り手みんなが欲しがったというこの畑を入手できたのは、彼自身が非常にラッキーだったと認めるほどの素晴らしい畑。しかし問題点がひとつあります。それは、樹齢の高いブドウ樹の宿命ですが、収穫量が非常に少なく、多いときで25から30hl/haと採算に合いません。2003年は僅か10h/haでした。

毎日深夜に20歳に戻る

陽気な人柄と、多きな声で答えるエネルギッシュなジャン=ピエール ロビノ氏に年齢を尋ねると、「毎日、真夜中になると20歳に生まれ変わる」との返事が返ってきて驚かされます。しかし、その言葉も大げさとは言えなく、彼のエネルギー溢れる語り口を聞くと、こちらまで力が湧いてくるほど情熱的な人なのです。

「本物のワインをクリエイティブな感覚で楽しんでほしい」というコンセプトのもと、ワインバー「ランジュ ヴァン」当時のロゴを使った非常にオリジナルなラベルも印象的です。

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